十市皇女

万葉集に、「鏡王女(かがみのおおきみ)」の歌が五首(重出を除けば四首)あり、素性は謎に包まれており、額田王の姉という説があるけれど、その歌意から、額田王その人のように思える。(【万92】については説明済)

 

0489 鏡王女作歌一首

04 0489 風乎太尓(かぜをだに)戀流波乏之(こふるはともし)風小谷(かぜをだに)将来登時待者(こむとしまたば)何香将嘆(なにかなげかむ)

1607 鏡王女作歌一首

08 1607 風乎谷(かぜをだに)戀者乏(こふるはともし)風乎谷(かぜをだに)将来常思待者(こむとしまたば)何如将嘆(なにかなげかむ)

1419 鏡王女歌一首

08 1419 神奈備乃(かむなびの)伊波瀬乃社之(いはせのもりの)喚子鳥(よぶこどり)痛莫鳴(いたくななきそ)吾戀益(あがこひまさる)

 

岩瀬の森:歌枕(うたまくら)。今の奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町竜田(たつた)の森。紅葉、呼ぶ子鳥、ほととぎすの名所として多く歌に詠み込まれた。

題辞がないだけに、全く心境が読めないのだが、【万489】のあとに、吹芡の歌が二首続いているのだ。

 

04 0490 吹芡刀自歌二首

04 0490 真野之浦乃(まののうらの)与騰乃継橋(よどのつぎはし)情由毛(こころゆも)思哉妹之(おもへかいもが)伊目尓之所見(いめにしみゆる)

 

しの 【篠】:篠竹。群らがって生える細い竹。

ふ 【生】:(草木が)繁茂している場所。(草木が)一面にある場所。

よど 【淀・澱】:淀(よど)み。川などの流れが滞ること。また、その場所。

つぎ-はし 【継ぎ橋】:水中に柱を立て、板を何枚か継いで渡した橋。

『哉』の字には少なくとも、哉(サイ)・ 哉(や)・ 哉(かな)・ 哉(か)の4種の読み方が存在する。

いめ 【夢】:ゆめ。◆「寝(い)目(め)」からという。上代語。

し・む 【染む・浸む】:しみ込む。ひたる。

 

しののふの よどのつぎはし こころゆも おもへやいもの いめにしみゆる

「群がっている細い竹の、継ぎ足しの橋だけですが、心底思えばあなたの姿が夢に出てきましょう」

 

04 0491 河上乃(かはのべの)伊都藻之花乃(いつものはなの)何時〃〃(いつもいつも)来益我背子(きませわがせこ)時自異目八方(ときじけめやも)

 

とき・じ【時じ】:時が定まっていない。その時節でない。

けめ:過去推量の助動詞「けむ」の已然形。

やも:…かなあ、いや…ではないのだ。▽詠嘆の意をこめつつ反語の意を表す。

 

かはかみの いつものはなの いついつも きませわがせこ ときじけめやも

「川上にはいつもの花が咲いている、いつでもいらっしゃいよ、時は決めないけれど」

 

 吹芡刀自が十市皇女だとしたら、【万489・1607】の鏡王女は額田王であり、ともに近江京を離れ、それぞれが別々の道を行く、母と娘の別れでもあった。( 吹芡の残りの一首【万22】は後続にて)

壬申の乱の翌年、天武天皇(63歳)2年(673年)2月27日に即位した天皇は、鸕野讃良皇女(28歳)を皇后に立て、一人の大臣も置かず、直接に政務をみた。(十市20・葛野4・額田36)

この時、十市と葛野は天武天皇に引き取られ、額田王は中臣大嶋(?-693)と再婚していたように思われる。

皇后は壬申の乱のときから政治について助言したといい、皇族の諸王が要職を分掌し、これを皇親政治という。

 

天武三年(674年)冬十月九日、大来皇女(おおくのひめみこ:661-709)は泊瀬(はつせ)の斎宮(いわいのみや)から、伊勢神宮に移られた。

天武四年二月十三日、十市(22)と阿閉皇女(あへのひめみこ:14歳)は伊勢神宮に詣でられたとある。

 

【十市皇女参赴於伊勢神宮時見波多横山巖吹芡刀自作歌】とあり、この吹芡刀自(ふふきのとじ:生没年不詳)

 

河上乃(かはのべの)湯都盤村二(ゆついはむらに)草武左受(くさむさず)常丹毛冀名(つねにもがもな)常處女煮手(とこをとめにて)【万22】

 

ゆつ-いはむら 【斎つ磐群】:神聖な岩石の群れ。一説に、数多い岩石とも。

む・す 【生す・産す】:生える。生じる。

もがもな:…だといいなあ。…であったらなあ。

とこ-をとめ 【常少女】:いつまでも若々しい女性。

 

かはかみの ゆついはむらに くさむさず つねにもがもな とこをとめにて

 

この歌は奉る歌ではなくて、自らを歌った歌であり、刀自自身かもしれないが、十市の歌だとしたら、如何なものであろうか?

十市皇女自作の歌は正式には一首も残されていないが、自作の歌が伝わる地方があり、伊勢下向の途上、波多神社(三重県津市)に参詣したときに十市皇女が詠んだというのだ。

 

霰落(あられふり)板暇風吹(いたまかぜふき)寒夜也(さむきよや)旗野尓今夜(はたのにこよひ)吾獨寐牟(あがひとりねむ)【万2338】

 

となると、この二つの歌は呼応しており、こちらが刀自に応えた十市の歌かもしれないが、皇子のことを思ってのことだろうか?(葛野6)

 

天武七年四月七日、斎宮(いつきのみや:天皇が神事を行なうために籠もる場所)にお出でになろうとして、平旦とら(午前四時頃)の刻に、先払いが出発、百寮(もものつかさ)が列をなし、御輿(みこし)には蓋を召して出られよとする時、十市皇女(25)が急病になられ、宮中で薨(こう)じられた。

十四日、十市皇女を赤穂(大和国に葬ったが、天皇は葬儀に臨まれ、心の籠もった言葉を賜わり声を出し泣かれた。

愛児:葛野王はまだ9才であり、父(天武)も母(額田)も、娘の死に対し挽歌を遺さなっかったのであろうか?

万葉集には、十市皇女の薨(こう)ぜし時(25)の、高市皇子尊(24)の歌が三首あるとあり、それを識しておく。

 

三諸之(みもろの)神之神須疑(みわのかむすぎ)已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多(いねぬよぞおほき)【万156】

 

みもろ【御諸・三諸・御室】:神が降臨して宿る神聖な所。磐座(イワクラ)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(カ゛ンクツ)など。

『之』の字には少なくとも、之(シ)・ 之く(ゆく)・ 之(の)・ 之(これ)・ 之の(この)の5種の読み方が存在する。

三諸之:みもろゆく

『神』の字には少なくとも、神(ジン)・ 神(シン)・ 神(たましい)・ 神(こう)・ 神(かん)・ 神(かみ)の6種の読み方が存在する。

「神」一文字で「みわ」と読みます

みわ‐やま【三輪山】:奈良県桜井市北西部にある山。標高467メートル。古来信仰の山で、全山が大神 (おおみわ) 神社の神体。

かみ‐すぎ【神杉】:神域にある杉。神が降臨するという杉。かむすぎ。

『已』の字には少なくとも、已(シ)・ 已(コ)・ 已(キ)・ 已(イ)・ 已む(やむ)・ 已だ(はなはだ)・ 已(のみ)・ 已に(すでに)の8種の読み方が存在する。

『具』の字には少なくとも、具(グ)・ 具(ク)・ 具(つま)・ 具に(つぶさに)・ 具わる(そなわる)・ 具える(そなえる)の6種の読み方が存在する。

『耳』の字には少なくとも、耳(ニョウ)・ 耳(ニ)・ 耳(ジョウ)・ 耳(ジ)・ 耳(みみ)・ 耳(のみ)の6種の読み方が存在する。

『矣』の字には少なくとも、矣(イ)の1種の読み方が存在する。

漢文の置き字としての『矣』は、文法的機能として、断定・完了・意志などの語気を表し、断定の場合は「ナリ」、完了の場合は「リ」、意志の場合は「ン」を付けます。

已具耳矣:すぐにみむ(ン)

 『自』の字には少なくとも、自(ジ)・ 自(シ)・ 自り(より)・ 自ら(みずから)・ 自ら(おのずから)の5種の読み方が存在する。

『得』の字には少なくとも、得(トク)・ 得る(える)・ 得る(うる)の3種の読み方が存在する。

『見』の字には少なくとも、見(ゲン)・ 見(ケン)・ 見(カン)・ 見る(みる)・ 見せる(みせる)・ 見える(みえる)・ 見える(まみえる)・ 見れる(あらわれる)の8種の読み方が存在する。

『監』の字には少なくとも、監(ケン)・ 監(カン)・ 監る(みる)・ 監べる(しらべる)・ 監る(かんがみる)の5種の読み方が存在する。

『乍』の字には少なくとも、乍(ジャ)・ 乍(サク)・ 乍(サ)・ 乍ら(ながら)・ 乍ち(たちまち)の5種の読み方が存在する。

乍:[字音] サ・サク[字訓] つくる・たちまち

『共』の字には少なくとも、共(コウ)・ 共(グ)・ 共(ク)・ 共(キョウ)・ 共(とも)の5種の読み方が存在する。

しとみ 【蔀】:主に寝殿造りで用いる、日光を遮り、雨風をよけるために、格子の裏側に板を張った戸。

み-つ・く 【見付く】:見つける。発見する。

自得見監乍共:しとみをみつく

い-・ぬ 【寝ぬ】→寝ねぬ、率寝ぬ(いねぬ):打消の助動詞「ず」の連体形が付いた形。

『叙』の字には少なくとも、叙(ジョ)・ 叙(ショ)・ 叙べる(のべる)の3種の読み方が存在する。

このJo(ジョ)がZo(ゾ)になるのだ。

不寝夜叙多:ねぬよぞおほき

 

みもろゆく みわのかむすぎ すぐにみむ しとみをみつく ねぬよぞおほき

 

神山之(みわやまの)山邊真蘇木綿(やまへまそゆふ)短木綿(みじかゆふ)如此耳故尓(かくのみからに)長等思伎(ながくとおもひき)【万157】

 

まそ‐ゆう〔‐ゆふ〕【真▽麻木=綿】:麻を原料とした木綿

ゆう〔ゆふ〕【木=綿】:コウゾの皮の繊維を蒸して水にさらし、細かく裂いて糸としたもの。主に幣 (ぬさ) として神事の際にサカキの枝にかける。

みじか‐ゆう〔‐ゆふ〕【短木=綿】:丈の短い木綿 (ゆう) 。

今でこそ、「紙垂」こそが御幣の象徴として認識されることもあるが、元来の捧げ物としての性格を受け継ぐのは、その中心である「幣帛(へいはく)」部分であり、そこには、各時代における最上の品が用いられていた。

 如此耳故尓:かくのみゆゑに

『長』の字には少なくとも、長(チョウ)・ 長(ジョウ)・ 長い(ながい)・ 長ける(たける)・ 長(おさ)の5種の読み方が存在する。

『等』の字には少なくとも、等(トウ)・ 等(タイ)・ 等(ら)・ 等しい(ひとしい)・ 等(など) の5種の読み方が存在する。

長等思伎:ながらおもひき

ながら:〔その本質・本性に基づくことを示す〕…そのままに。…としてまさに。

     ながとおもひき(汝がとおもひき)

 

みわやまの やまへのまそゆ(フ) みじかきゆ(フ) かくのみゆゑに ながらおもひき

 

山振之(やまぶきの)立儀足(たちよそひたる)山清水(やましみづ)酌尓雖行(くみにゆかめど)道之白鳴(みちのしらなく)【万158】              

 

ヤマブキの名前の由来は、細い枝がしなやかに風に揺れるようすから「山振り(やまふり)」と呼ばれ、その呼称が変化したものだといわれています。

やま-ぶき 【山吹】:春、黄色の花が咲く。

たち-よそ・ふ 【立ち装ふ】:飾る。装う。「たち」は接頭語。

やま‐しみず【山清水】:山 中にわきでている清水。〈[季]夏〉

 

やまぶきの たちよそひたる やましみず くみにゆかめど みちのしらなく

 

以上の三首であるけれど、この三番目は単純に詠めば挽歌とは思えないけれど、山清水を命の水と考えたら、そのイメージは抱ける。

ところで題辞には、【十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首】とあるけれど、わたしには一首目が額田王、二首目が天武天皇、そして三首目が高市皇子の、三人三様の挽歌のように思えてならない。