万葉集Ⅱ『風土考』(おきまろ)

経歴については不明な部分が多いが、渡来系として生まれた、長 奥麻呂(なが の おきまろ、生没年不詳)は、飛鳥時代の官人で、歌人でもあり、名は意吉麻呂とも表記される。 『万葉集』によれば、699年の文武天皇の難波行幸(699)や701年(大宝元年)の文武および持統上皇の紀伊行幸に携わったとされている。 702年(大宝2年)頃には文武、持統の三河行幸にも携わったとされており、この時に詠んだ和歌や宴席にて、題として与えられた即興の狂歌等14首からなる短歌が、『万葉集』に収録されている。

内、行幸の際に詠んだ和歌は6首だが、以下は。戯れの歌かもしれないが、『風土記』の一端ではないだろうか?

 

16 3824 長忌寸意吉麻呂歌八首

16 3824 刺名倍尓(さしなへに)湯和可世子等(ゆわかせこども)櫟津乃(いちいつの)桧橋従来許武(ひばしよりこむ)狐尓安牟佐武 (きつねにあむさむ)

 

さし-なべ 【差し鍋】:弦(つる)のついた、注(つ)ぎ口のある鍋。

あむ・す 【浴むす】:浴びせる。 入浴させる。

『櫟』の字には少なくとも、櫟(ロウ)・ 櫟(レキ)・ 櫟(リャク)・ 櫟(ラク)・ 櫟(ヤク)・ 櫟(シャク)・ 櫟る(こする)・ 櫟(くぬぎ)・ 櫟(いちい)の9種の読み方が存在する。

ひ‐ばし【檜橋】: 檜(ひのき)で造った橋。 従:[音]ジュ(呉) ショウ(漢・慣)[訓]したが-う・したが-える(表内)より・よ-る・ゆ(表外)

『来』の字には少なくとも、来(ライ)・ 来し(こし)・ 来る(くる)・ 来る(きたる)・ 来す(きたす)・ 来し(きし)の6種の読み方が存在する。

『許』の字には少なくとも、許(コ)・ 許(ク)・ 許(キョ)・ 許す(ゆるす)・ 許(もと)・ 許り(ばかり)の6種の読み方が存在する。

来し(こし)+許(コ)=(こ)

『武』の字には少なくとも、武(ム)・ 武(ブ)・ 武(もののふ)・ 武し(たけし)の4種の読み方が存在する。

 

16 3824 [右の一首は伝へて云はく「一時に衆集ひて宴飲しき。時に夜漏三更にして、狐の声聞ゆ。 すなはち衆諸奥麻呂に誘ひて曰はく『この饌具、雑器、狐の声、河、橋等の物に関けて、ただ歌を作れ』といひき。 すなはち声に応へてこの歌を作りき」といふ]

 

【故地名】櫟津 (いちいつ)【故地説明】奈良県大和郡山市櫟枝町(旧櫟井村)付近の川にあった津。位置未詳。 

 

16 3825 [行縢(むかばき)・蔓菁(まんせい)・食薦(すごも)・屋梁(おくりょう)を詠める歌

16 3825 食薦敷(けこしきに)蔓菁煮将来(かぶらにきたる)樑尓(うつはりに)行騰懸而(むかばきかけて)息此公 (やすむこのきみ)

 

す-ごも 【簀薦・食薦】:食事のときに食膳(しよくぜん)の下に敷く敷物。竹や、こも・いぐさの類を「簾(す)」のように編んだもの。

『蔓』の字には少なくとも、蔓(マン)・ 蔓(バン)・ 蔓る(はびこる)・ 蔓(つる)の4種の読み方が存在する。 『菁』の字には少なくとも、菁(セイ)・ 菁(ショウ)・ 菁(かぶら)・ 菁(かぶ)の4種の読み方が存在する。

まん‐せい【蔓菁】:〘名〙 植物「かぶ(蕪)」の異名

『煮』の字には少なくとも、煮(ショ)・ 煮(シャ)・ 煮る(にる)・ 煮やす(にやす)・ 煮える(にえる)の5種の読み方が存在する。

『将』の字には少なくとも、将(ソウ)・ 将(ショウ)・ 将に… す(まさに… す)・ 将いる(ひきいる)・ 将(はた)の5種の読み方が存在する。

『来』の字には少なくとも、来(ライ)・ 来し(こし)・ 来る(くる)・ 来る(きたる)・ 来す(きたす)・ 来し(きし)の6種の読み方が存在する。

しょう‐らい【将来】:持って来ること。

うつはり:鳥「きじ(雉)」の異名。

うつ‐ばり【梁】:《内張りの意。 平安時代までは「うつはり」》屋根の重みを支えるための横木。 はり。

むか-ばき 【行縢】:旅行・狩猟・流鏑馬(やぶさめ)などで馬に乗る際に、腰から前面に垂らして、脚や袴(はかま)を覆うもの。

 

16 3826 蓮葉を詠める歌

16 3826 蓮葉者(はちすばは)如是許曽有物(にょぜこそあるも)意吉麻呂之(おきまろの)家在物者(いへあるものは)宇毛乃葉尓有之(うものはにうし)

 

者:[音]シャ(呉・漢)[訓]もの(表内)は・ば・てえり・てえれば(古訓)

如是(読み)にょぜ:経の最初に書かれていることば。 かくのごとく、このように。

『宇』の字には少なくとも、宇(ウ)・ 宇(のき)・ 宇(いえ)の3種の読み方が存在する。 『毛』の字には少なくとも、毛(モウ)・ 毛(ボウ)・ 毛(ブ)・ 毛(け)の4種の読み方が存在する。

うも【芋】:イモの古名。

尓:[音] ニ(呉) ジ(漢)[訓]なんじ・しかり・その・のみ

 『有』の字には少なくとも、有(ユウ)・ 有(ウ)・ 有つ(もつ)・ 有る(ある)の4種の読み方が存在する。

『之』の字には少なくとも、之(シ)・ 之く(ゆく)・ 之(の)・ 之(これ)・ 之の(この)の5種の読み方が存在する。

う・し 【憂し】:つらい。 苦しい。

 

16 3827 双六の頭を詠める歌

16 3827 一二之目(いちにのめ)耳不有(のみにはあらず)五六三(ごろくさむ)四佐倍有来(しさへありきぞ)雙六乃佐叡 (すぐろくのさえ)

 

『耳』の字には少なくとも、耳(ニョウ)・ 耳(ニ)・ 耳(ジョウ)・ 耳(ジ)・ 耳(みみ)・ 耳(のみ)の6種の読み方が存在する。

『来』の字には少なくとも、来(ライ)・ 来し(こし)・ 来る(くる)・ 来る(きたる)・ 来す(きたす)・ 来し(きし)の6種の読み方が存在する。

さえ 【賽・采】:「さい」に同じ。

 

16 3828 香・塔・厠・屎・鮒・奴を詠める歌

かは-や 【厠】:便所。 ◆川の上につき出して作った「川屋」。

 

16 3828 香塗流(かいまみる)塔尓莫依(たふになよりそ)川隅乃(かはすみの)屎鮒喫有(くそふなをくふ)痛女奴 (いたきめやつこ)

 

『香』の字には少なくとも、香(コウ)・ 香(キョウ)・ 香しい(かんばしい)・ 香る(かおる)・ 香り(かおり)・ 香(か)の6種の読み方が存在する。

『塗』の字には少なくとも、塗(ト)・ 塗(タ)・ 塗(ズ)・ 塗(みち)・ 塗れる(まみれる)・ 塗す(まぶす)・ 塗る(ぬる)・ 塗(どろ)の8種の読み方が存在する。

『流』の字には少なくとも、流(ル)・ 流(リュウ)・ 流れる(ながれる)・ 流す(ながす)の4種の読み方が存在する。

香(か)+(イ)+ 塗れる(まみれる)+流(ル)=(かいまみる)

かいま-・みる 【垣間見る】:物の透き間からこっそりとのぞき見る。

糞鮒(読み)くそぶな:「鮒鮨やへしこ」の類の保存発酵食なのだが悪臭。

『喫』の字には少なくとも、喫(ケキ)・ 喫(キツ)・ 喫(カイ)・ 喫む(のむ・ 喫う(すう)・ 喫う(くう)の6種の読み方が存在する。

『有』の字には少なくとも、有(ユウ)・ 有(ウ)・ 有つ(もつ)・ 有る(ある)の4種の読み方が存在する。

喫う(くう)+ 有(ウ)=(くふ)

いた・し 【痛し・甚し】:すばらしい。 感にたえない。

め‐やつこ【女奴】:婢。 めのこやつこ。

 

16 3829 詠酢醤蒜鯛水■[卄忩]歌[酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌]

16 3829 醤酢尓(ひしほすに)蒜都伎合而(ひるつきあてて)鯛願(たひねがふ)吾尓勿所見(われになとみゆ)水■[卄忩]乃煮物 (みずなのにもの)

 

『醤』の字には少なくとも、醤(ショウ)・ 醤(ひしお)・ 醤(ししびしお)の3種の読み方が存在する。

ひしほ:【醬】大豆と麦で作った味噌(みそ)の一種。 なめみそ。

ひる 【蒜・葫】:のびる・にんにくなど、臭気の強い野菜。 薬用・食用とする。

『廾』の字には少なくとも、廾(ク)・ 廾(キョウ)の2種の読み方が存在するが、これを草冠に見立てている。

【忩】の異体字『怱』の字には少なくとも、怱(ソウ)・ 怱ぐ(いそぐ)・ 怱てる(あわてる)の3種の読み方が存在し、すなわち、『葱』の字であり少なくとも、葱(ソウ)・ 葱(ねぎ)・ 葱(き)・ 葱い(あおい)の4種の読み方が存在する。 

なぎ【水=葱/菜×葱】:ミズアオイの別名。 《季 夏》

 

16 3830 詠玉掃鎌天木香棗歌[玉箒、鎌、天木香(むろのき)、棗を詠める歌]

16 3830 玉掃(たまぼふき)苅来鎌麻呂(かりこかままろ)室乃樹與(むろのきよ)棗本(なつめがもとと)可吉将掃為(かきはかむため )

 

鎌麻呂(読み)かままろ:たわむれに、また、親しみをこめて、鎌を人名のように呼んだもの。 むろ-の-き 【室の木・杜松】:木の名。 杜松(ねず)の古い呼び名で、 海岸に多く生える。 『與』の字には少なくとも、與(ヨ)・ 與(アイ)・ 與する(くみする)・ 與える(あたえる)・ 與る(あずかる)の5種の読み方が存在する。

なつめ【×棗】:夏、黄緑色の小花をつけ、楕円形の実を結び、暗赤褐色に熟し、 日本では、果実を砂糖と醤油で甘露煮にし、おかずとして食卓に並ぶ風習が、古くから飛騨地方のみで見受けられる。

 

16 3831 詠白鷺啄木飛歌[白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠める歌]

16 3831 池神(いけかみの)力士儛可母(りきじまひかも)白鷺乃(しらさぎの)桙啄持而(ほこたきもちて)飛渡良武(とびわたるらむ)

 

りきじ-まひ 【力士舞ひ】:「伎楽(ぎがく)」の舞の一つ。 「金剛力士(こんがうりきし)」の扮装(ふんそう)をして、鉾(ほこ)などを持って舞う。

 

【故地名】池神 (いけがみ )奈良県 【故地説明】奈良県内、所在未詳。(1)橿原市南浦町(香具山の東北)あたりから桜井市安倍(磐余の池のほとり)の地(もと十市郡池上郷)。(2)磯城郡田原本町法貴寺付近。(3)生駒郡斑鳩町法起寺付近

 

次の歌は、(おきまろ)ではなく、忌部 子人(いんべの こびと:?-719)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族で、天武天皇11年(682年)に帝紀と上古諸事の編纂の一員となり、中臣大島と共に、少なくとも『日本書紀』編纂当初からの執筆陣の中心であったと思われる。

 

16 3832 忌部首の、数種の物を詠める歌一首〔名は忘失せり〕

16 3832 枳(からたちの)棘原苅除曽氣(いばらかりそけ)倉将立(くらたてむ)屎遠麻礼(くそとほくまれ)櫛造刀自 (くしつくるとじ)

 

『枳』の字には少なくとも、枳(シ)・ 枳(ギ)・ 枳(キ)・ 枳(からたち)の4種の読み方が存在する。

『棘』の字には少なくとも、棘(コク)・ 棘(コキ)・ 棘(キョク)・ 棘(キ)・ 棘(ほこ)・ 棘(とげ)・ 棘(おどろ)・ 棘(いばら)の8種の読み方が存在する。 『原』の字には少なくとも、原(ゲン)・ 原(ガン)・ 原す(ゆるす)・ 原(もと)・ 原(はら)・ 原ねる(たずねる)の6種の読み方が存在する。

棘(いばら)+原(はら)=(いばら)

かり-そ・く 【刈り除く】:刈り取る。

接頭語・接尾語的に「くそ」を付け、侮蔑や、程度のはなはだしいことを表現する意図で用いることがある

とお・い〔とほい〕【遠い】: 場所が非常に離れている。距離が十分にある。

まれ:たとえ… でも。 … であるにせよ。 ▽ある事態を仮定して、その結果にはかかわらぬことをいう。

くす・し 【奇し】(くし):神秘的だ。不思議だ。霊妙な力がある。

つく・る 【作る・造る】:作る。制作する。創作する。

と‐じ【途次】 :ある所へ向かう途中。道すがら。